【記事】歩く走るマイル貯まる【トリマ】

【なぜ社蓄と呼ぶ】フリーランスは勝者で会社員は敗者って誰が決めた?

あなたは会社員ですか?それともフリーランス?

冒頭から少し乱暴とも思える疑問を投げかけたのは『フリーランスの人達の目線で会社員がどのように見えているのかなぁ』と思ったから。

ちなみにボクは会社員になってからもう結構長い方ですね。

会社員になって今まで山あり谷あり色々ありました。

しかしながら人並みくらいの暮らしはできているし、とりあえず欲しいものはそれなりに買えてる。

ズバリ結論から言えば、会社員って社畜って言われるほど仕事が苦になってる訳でもなく、苦しい暮らしをしてる人ばかりではない。

なぜなら世の中の会社が全て買い手市場という訳ではないからだ。

また自身の立ち回り方次第で会社内での立場の向上もできる可能性を秘めている。

何と言っても安定的に対価がいただけるのが会社勤めの最大の利点だよね。

意外と優遇されている面もある会社員、何故フリーランスの人から『社畜』呼ばわりされてしまうのか?

考察してみます。

フリーランスってどんな人達?

21世紀になってからよく耳にするようになった言葉のひとつ

それが『フリーランス』です。

まずはフリーランスのことを調べてみましょう。

フリーランスとは
特定の企業や団体、組織に専従しておらず、 自らの技能を提供することにより社会的に独立した個人事業主である。日本では自由業または自由職業とも呼ばれる。

引用元:Wikipedia
ミィ

要するに個人事業主ね

ひと言で個人事業主と言っても色々ある。

ここ数年でフリーランス、フリーランスと言われるようになったのはYouTuberやブロガー・アフィリエイターなどのいわゆるネットビジネス系の仕事の人達です。

ネットビジネスは広告収入や物販による利益が収益の大半を占める仕事です。

成功者になれば大変大きな収入を得ることも夢ではありません。

KUNJI

億を稼いでいる人も多くいますね

ただソコには傍から見る煌びやかさからは想像もできない苦悩があったり、会社員以上の労力を費やしていたりという現実がある。

では何故そこまでしてフリーランスを選ぶのか?

その理由はわかりやすい。

フリーランスを選ぶ理由
  • 規則に縛られない
  • 時間に縛られない
  • 費やした労力に対しての自身への見返り

『縛られない』という絶大な自由感と『やっただけ自分の物』という満足感、この2本の大きな柱が皆をフリーランスへと導くのであろう。

フリーランスへ踏み切れない理由

一見するといい事尽くしのフリーランス。

では未だに『会社員の方がいいよ』という声も多く聞こえてくるのは何でなんだろう?

そこにはフリーランスの闇が存在する。

ミィ

フリーランスの闇って、怖ッ💦

闇と言っても犯罪に関わるとかって話ではないです。

ネット上でいかにも『誰でも稼げます』と言われていますが、フリーランスとしてご飯が食べれる程成功している人はホンのひと握りというのが現状。

多くの人が夢を抱きフリーランスと成るべく労力を費やします。

しかし全員が成功できる訳じゃなく、その中には失敗はしないにしても成功できていない中途半端な事になっている人も少なくない。

フリーランスを目指す人は2種類

フリーランス自体の(仕事の)種類はたくさんあるが、フリーランスを目指す人は以下の2種類でしょう。

フリーランスを目指す人
  • 新卒で会社員を経験していない人
  • 会社員を経験した人

要するに会社勤めを経験しているかしていないかだけなのですが、ここには大きな違いが生じます。

ひと昔前、人は保育所や幼稚園を経て小中高、進む人は大学・大学院へと進み、その後就職していた。

会社勤めをある程度経験して、それでもやっぱり独立して起業したいという人は自身ができる専門職で起業していました。

しかし昨今、この途中の過程をすっ飛ばして高卒でフリーランス、大卒でフリーランス、極端な例になると中卒でフリーランスという人も存在する。

こういう人が悪いと言っている訳ではない。

能力があり行動に出ている人はそれはそれで成立しているから良いでしょう。

しかし実際にはネットビジネスを始めた人で継続できて更に稼げている人は全体の5%未満しかいないらしい。

余計なお世話かも知れないが実際に『働く』という行動を経験することなくフリーランス、成功すれば良いが人生そう甘くない。

失敗し結局その後会社員になる。

普通に会社員になった人と比べれば2つも3つも手が遅れてしまうことになる。

フリーランスになるのは『働く』ことを経験してからでも遅くないのではないでしょうか。

会社員を社蓄と呼び下にみるのは何故なのだろう?

ではフリーランスの人たちが会社員を社蓄と呼ぶのは何故なんだろう?

社蓄という言葉は家畜などと同じように捉えるというのが正しいのか…

家畜とは
ヒトがその生活に役立つよう、野生であったものを馴化させ、飼養し、繁殖させ、品種改良している、その動物をいう。哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・魚類のほか、無脊椎動物もその範疇にある。

引用元:Wikipedia

では社蓄というのは大方このように解釈できる。

『会社の役に立つように訓練され、文句を言わず働く人材』

KUNJI

これは酷い言われようだね!

会社の役に立つというところは間違いではないが、文句を言わずなんてことはない。

思うところがあれば意見するし、違うと思えば拒否もする。

もう一度言うが『文句を言わず』なんてことは絶対ない。勘違いも甚だしい。

社蓄という言葉だけでも少々腹立たしいのですが、それを会社員の経験もない人に言われた日には怒りをどこにぶつければ良いのでしょう。

なぜ社蓄などと罵声を浴びせ会社員のことを自分より下に見るのか?

会社員の中にも本当に優れた人はたくさん居る。

フリーランスで成功している人はお金も時間も地位もあるかも知れない。

KUNJI

多分これが会社員を社蓄と呼ぶ理由なのかな

だからと言って必ずその人が偉いとか立派かどうかはわからないし他の人を見下して良いという理由にはならない。

まとめ

色々な人々が色々な仕事をすることで世の中は成り立っている訳であって、皆が事務職ばかりとか皆が作業員ばかりだったならこの世の中は成立しない。

個々が他の色々な職種の方に感謝し、尚且つ自身の職務を全うしているならば、誰かが誰かを馬鹿にしたりという低レベルなことは起こらないであろう。

結局のところ何に関しても言えることだが、一つ一つの事柄に感謝の気持ちを忘れず日々行動すれば他の誰かを攻撃したり、傷つけたりすることはなくなるでしょう。

今回の社蓄の件もちょっとした心遣いと考え方を変えることでお互いに嫌な気持ちにならず憎み合うこともないでしょう。

人生で勝者と敗者が存在することは否定はしないが、フリーランスが勝者で会社員が敗者などという変な考え方は絶対にない。

努力し成功した人、才能があり成功した人は勝者であるが、努力したけど失敗してしまった人を必ずしも敗者とは呼ばない。

もしかしたら努力することができる人が勝者であり、努力もせず人を馬鹿にすることしか知らない人が敗者なのではないでしょうか。